2017年12月2日土曜日

  タ ニ シ ど ん

 昨日の寒さはうそのように、今日は春めいた風のない日差しが窓から差し込んでいた。机の上には、首を高く突き出したシクラメンの花が四つ咲いていた。

 社員は昼食に、また、昼休みのスポーツにと部屋を出払って、一人健吉だけが妻の手作りの弁当を終わり、熱い茶をすすっていた。

 「うん、後一か月か」
近ごろ健吉はこうつぶやくことが多くなった。年が明けての一日一日がいとも簡単に無造作に過ぎて行くのをどうすることもできなかった。健吉は、この三月末日を持って定年退職の日を迎えるのである。別にこの仕事に未練があるわけでも、また、野心があるわけでもなかったが、退職の日が日一日と近づくに連れて、確かに体から力が抜けていくように思われてならなかった。

 学校を出て三十有余年、この会社一筋に、といえば格好はいいが、何度かやめて他の仕事をしたいと思いながら、とうとう定年まできてしまった。

 健吉は茶をのみ終わるとたばこに火をつけ、くるりとストーブの方に向きを変えて、プーッとたばこの煙を天井に吐き出した。

 「こんにちは、人形はいりませんかな」と、肩から白ひもでブリキのカンを下げた六十歳前後の行商人がはいってきた。
 男は、カンをあいた机の上に置くと、ポケットからたばこを取り出し火をつけた。
「ちょっと一一服させてください」と、イスに腰をおろすと健吉と向かい合った。
 「どんな人形です。」と、健吉は無愛想に一言たずねた。
 「タニシで作った人形です。私と家内と二人で作り、ひまを見ては、こうやって私が売り歩いています。去年は人形大会で、私たちの作ったタニシの人形が賞をもらいました」
 実直そうな職人気質の男のようで、自分の作った人形が賞をもらったというのも本当であろうと健吉は思った。しかし、定年退職を前にして、いまさら人形でもなかろう、買う気はもうとう見る気さえもしなかった。

 男は、二本目のタバコに火をつけた。健吉は、茶を入れ男にすすめた。
 「売れますか」
 「はい、けっこう売れましてね。病院が一番よく出ます。タニシの養殖から、人形の仕上げまで、一つ一つ根気のいる仕事です。小さいですから」
 「タニシの人形とは珍しいですな」
 「タニシという動物もかわいそうな生き物ですよ。タニシの雌は、卵をはらみ子がかえると自分の身を子に食わして子を育てる。いよいよ自分の死期が近づくと藻に子を移して、自分は自然に分解してしまう。あのかたいからもフワフワになって、水の中で溶けてしまう」
 「雄はどうなります」
 「雄は、雌のタニシが子を無事に藻に移し終わるころ、時を同じくして、いと屑のようにやせ細り、カラからすっぽ抜けて死んでしまう」

 健吉はタニシどんについての認識を改めなければいけないと思った。

 「この話は大学の教授から聞いた話で、私もタニシを養殖していますから、うそじゃありません。もっとも、私の人形に使っているタニシは死んだタニシじゃありません。死んだタニシじゃどうしてもつやが出ませんから」

 話の真実はともかく、健吉はタニシどんに深く興味を覚え、タニシドンの生き方に感激した。
 「おじさん、人形を見せてもらおうか」
 ブリキのカンのふたを開けて、ちり紙に包んだ人形をいくつか取り出した。タヌキ、船頭、おじいさんと孫娘の旅姿の三種類の人形が机の上に出された。五十円、二百円と説明がつけ加えられた。

 健吉は即座に全部買った。健吉は人形の全部が気に入った。
 ユーモラスなタヌキ、トンチのある顔をした船頭、そして悲しいまでも温かなおじいさんと孫娘の旅姿の人形。それが皆、あの悲劇の動物タニシドンから作られている。

 特におじいさんと孫娘の人形は健吉の心を打った。にゅうわな顔のおじいさんに、むじゃきな顔の孫娘が手をひかれ、これからどこへ行こうとしているのか。

 健吉は四月に一年に入学する孫の姿を思い出した。そして、五十八歳までの自分の生活を回顧した。会社のために、社会のために、家族のために自分は何をしたというのか。

 タニシどんの親は死ぬ時に言ったであろう。
 「お前たちに何も残してやることができなかった。お前たちだけが残った。お前たちも、立派な子をたくさん残しておくれよ」と。

 タニシどんの人形を見ていると、タニシの親子、タニシの夫婦に無常を感じるのである。


  自選一句

         すやすやと熊のプーさん掛け毛布


2017年11月16日木曜日

6  黙 と う

 冷たい冬の星座が、ちかちかと輝いていた。

 空を仰ぐのも久し振りだ。振り返ると、街路樹の彼方にオリオンが澄んで見える。突然、進の背後から、けたたましいサイレンの耳をつんざく音が追いかけてきた。酒に酔った頭は一瞬混乱し、そして、異様に冴えてきた。もう忘れてしまっていたはずの二十数年前の記憶が体の中を駆け巡るのである。

 日本は昭和十六年十二月八日、突如ハワイ真珠湾を攻撃し、太平洋戦争は勃発した。緒戦の有利もつかの間、連合軍の反撃にあい、十七年ミッドウェー海戦で海軍は大打撃を受け、十八年アッツ島陥落と窮地に追い込まれていった。

 忘れもしない、昭和十九年、中学五年生の春であった。

 第一回軍事教練の時間。その年、赴任してきた配属将校は陸軍中尉の後藤伸介教官であった。年は確か二十七歳であったろうか、独身の情熱あふれる忠君愛国、孝養心の強い厳しい教官であった。

 「奉安殿に向かって、最敬礼、・・・直れ。本年度、第一回の軍事教練を行うに当たって精神統一のために、一分間の黙とうを行う。全員、気をつけ、黙とう」

 若さに満ちあふれた凛とした青年将校の声が、校庭にこだますると、一瞬、真空状態になった。教官の命令にしたがって、全生徒は直立不動の姿勢で目をつぶった。

 「学校教練ノ目的ハ、学徒二軍事的基礎訓練ヲ施シ、至誠尽忠ノ精神培養ヲ根本トシテ心身一体ノ実践鍛錬ヲ行ウニアル」

 青年将校は、進の前で立ち止まると、いきなり平手で、往復ビンタを二、三発食らわした。進の細い体は左右にぐらつき、今にも倒れそうになった。

 「名前を言え」
 「大木 進です」
 「なぜ、目をつぶらん」
 「目がつぶれないのです」

 青年将校は、はっとして、進の顔を、目を見た。左目のまぶたのところに手術のあとがあり、進の左目は義眼であったのである。

 「つぶせないはずはない。努力をしろ、目をつぶせ、命令だ」

 青年将校の声は、容赦無く進の心につきささっていった。
 進は直立不動の姿勢で歯を食い縛って目をつぶそうと頑張った。 しかし、この目はつぶれない。

 「左手を出せ、もっと上に上げろ、人さし指を出せ、目を押さえろ」
 目を押さえた左手の人さし指をつたわって、進の涙がはらはらとこぼれ落ちた。

 昭和十九年十月サイパン島が攻略され、ラバウルも孤立した。その年の夏より、中学三年生以上は、学徒動員令により大分第十二海軍航空廠に動員された。大中、別中、第一高女、岩田、日出と、十代の青少年が血を流した。

 海軍航空廠修理工場には、雷電、紫電、銀河、月光と日本の戦闘機が戦場より次々と送りこまれた。
 進はグラマンにぶちぬかれた零式艦上戦闘機の胴体の一部をドリルで切取り、新しい材料をリベットでとめる仕事をした。

 仕事の合間を縫って、厳しい軍事教練は続いた。軍事教練のたびに進は、言い知れぬ屈辱感を味わい、この戦争に、そして、あの青年将校に言い知れぬ憤りを感じるのである。

 ある日、青年将校は進に言った。「今夜、うちにこい。命令だ。話がある」

 進は教官の命令にしたがって、青年将校の家を訪ねた。

 「いよいよ、僕も現役兵として、戦地に行くことになった。出発する前に、君と和解をしておきたい。僕には君の気持ちがよくわかる」

 何がわかるものか、進の心は閉じたまま進自身でさえもどうすることもできなかった。隣の部屋から男の声がした。

 「伸介、すまんが、茶をいっぱい入れてくれんか」青年将校は立って、襖をあけた。

 床の間を背にして、一人の老人が正座していた。父である。
 進はじっとその老人の顔を見つめた。進は一目見てわかったのである。青年将校の父は盲目であった。

 伸介は茶を注ぐと、父の左手を取り、湯飲みをしっかりと握らせた。

 進は立ち上がって、直立不動の姿勢になると、左手の人さし指で目を押さえ、黙とうして青年将校を迎えた。

 目をつぶった進の顔は穏やかに微笑していた。
 青年将校は進の手を取った。あたたかい血がかよった。青年将校伸介のひとみには涙が光っていた。

 オリオンがまばたいて、救急車のサイレンの音が遠くに消えていった。酔い覚めの寒さに身震いすると、進はオーバーの襟を立てて足早に家路に向かった。

   
          自選一句
       
          難民の景を茶の間に文化の日

          

                               

2017年11月7日火曜日

5    マ ッ タ ケ

「もう焼けたんじゃないんか。焼けたら一番にばあちゃんに持っていかにゃあ」
 長男のはじめは、酒の燗をつけながら、妻の滝子に言った。

 村の秋祭りの日、おかよばあさんの家では子供たちが全員集まり、ばあさんの取ってきたマッタケ料理で酒盛りが始まる。
 ばあさんにとっても、子供たちにとってもこの家の一年の最大に楽しい行事であった。

 隣村に嫁いでいる一人娘の玉江も孫を連れて帰ってくる。

 家の中が、焼きマッタケの香ばしいかおりで充満するころ、おかよばあさんを中心に子供たちは膳につく。
 長男の嫁の滝子が、手で細かくさいた焼きマッタケを皿に盛り分け、カボスとしょうゆをかけ、気ぜわしく運ぶ。焼きマッタケを冷えない熱いうちに食べるのである。

 この村では、おかよばあさんのことを、マッタケばあさんと呼ぶ。柿がうれ、栗の実がはじけ落ちるころになると、おかよばあさんは毎年かごいっぱいのマッタケを取ってくる。

 村の衆も、おかよばあさんの行動には、目を光らせ、ばあさんが山に入ると尾行する者もあるのだが、途中でまかれて、一人で山を降りる。すると、ばあさんは、かごいっぱいのマッタケを取ってもう家に帰っている。

 じいさんが死んで、ばあさんにとっては、こうやって、子供や孫に囲まれて、焼きマッタケに熱燗の酒をコップ一杯ほど飲むことは得も言われぬ楽しみであった。
 今にして思えば、じいさんが残してくれたものの中で、このマッタケが一番ありがたい遺産である。

 長男のはじめが生まれた次の年に、じいさんからマッタケの秘密を教えられた。
 「おかよ。かごを持っち、わしについちこい。いいか、道をよく覚えておけよ。マッタケというもんはな、木のすぐ根にあるもんじゃない。枯れ葉がこんもりと少し盛り上がちょる。しろうとには、なかなか見つかるもんじゃないけんのう。」

 おかよは、夫の持つ、たった一つの秘密を聞かされた。それは夫の妻に対する全幅の信頼と、愛情の表現であった。

 おかよばあさんは、きょうは気持ちよく酔っていた。マッタケはおかよばあさんにとって、過ぎし昔日の思い出をさそう唯一のものであり、じいさんを思い出し、幸福感にひたり、これからの生き甲斐となり、人を見る目を養うものでもあった。

 しかし、近ごろめっきりふけこみ、神経痛も出はじめ、おかよばあさんも、もうこのへんでだれかに、マッタケの遺産相続をしなければと思うのである。

 長男のはじめにゆずりたいのだが、人がいいばっかりで、しゃんとしたところがない。あれでは、村のかしこい同僚にマッタケの秘密を取り上げられてしまうだろう。

 次男のつぎおは、しっかりしているが、あれにゆずれば、一人じめにして家族きょうだいに分け与え、楽しむような精神がない。いさかいの種になる。

 三男のみつお、これには困っている。酒は飲むし、かけごとは好きだし、マッタケの秘密であろうと、なんであろうと、銭にかえてしまうに違いない。

 四男のよしおは、東京で就職し、もうこの村には帰ってこまい。娘の玉江は、嫁に行った者じゃけに、対象外である。さてさて、おかよばあさんは困ってしまう。ばあさんのめがねにかなう子供はいない。

 マッタケの秘密をゆずるには、それ相応の資質が要求される。ばあさんはばあさんなりの理想の人間像を描いている。まず、感覚のすぐれた者、発見する力、判断する力が要求される。
 次に、秘密を守ることのできる人間、そして、適当に家族や近所の人に分け、ともに喜びあえる人間、最後に、山を大切に育て守ろうとする人間。

 マッタケの土くさい香ばしいにおいが、家に充満し、酒がほどよくまわって、おかよばあさんもマッタケ相続の件で考え疲れた。ころあいを計って、長男の嫁の滝子が、おばあさんのマクラと毛布を持ってきてそっと置いた。

 いつものことであるが、おかよばあさんはコップ一杯の酒をのみ電気コタツに足を突っ込んで、三十分ほどのうたた寝を楽しむ。

 毛布を引き寄せながら、「おお」と、おかよばあさんは目を見開いて、満足気に笑った。決して、目立つ嫁ではないが、嫁との長い生活の間にいさかいも起こさず今日まできたことは、これは大変なことであり、嫁の人間性というものを改めて、考え直さずにはいられなかった。

 文句をつけることも、とりたててほめることもない。毎日の生活を的確に運営していく能力、心の配り方、判断のよさ、忍耐強さ、寛容さ、これこそおかよばあさんの理想像ではないか。

 翌朝早く、おかよばあさんは、嫁の滝子にかごを持たせると裏山へと連れだって姿を消した。山の紅葉が朝日にまぶしかった。


    自選一句

     山茶花の散りのこしてや紅に雪   掌



2017年10月31日火曜日

4  続  望 遠 鏡

 佐野啓一、四十歳。東京のN大学教育学部心理学科を卒業して、現在は地方大学の講師。連続する雨の休日にいささかうんざりし、望遠鏡のレンズを磨きながら、フラストレーションの蓄積にイライラしていた。

 ゆうべの天気予報では、きょうは午後から曇り、ところによっては晴れ間が出るとか。啓一はそれに期待をかけて、望遠鏡を磨いていた。

 週三回の講義と、本を読むか、ものを書いているかの生活が十二、三年も続くと、生活の知恵として、自分に最も適した遊びというものを創造する。
 望遠鏡を磨くという極めて単純な作業が精神的な疲労を緩和し、生活の調子を整える安全弁となる。

 近ごろの天気予報は実によく当たる。きょうも見事に的中し、正午を過ぎるのを待つかのように、雲に切れ目ができ、その部分だけがひときわ明るく街並みの景色を映し始めた。

 佐野啓一は、さっそく望遠鏡を肩に、屋上のベランダにでた。まだ、つゆの雨雲におおわれて、望遠するのにはあまりよい条件ではなかった。画面は全体が暗く、小さな物体はぼやけて詳細には観察できない。それでも、雲の切れ問にさす明るい場所だけは、周囲が暗いせいかよけいにきわだって見えた。

 サーチライトのように、点々と散在する明るい部分を追って、望遠鏡の焦点を移動させた。梅雨のじめじめした空気の中には人影は数えるほどしか発見できなかった。建物が死人館のように黒いバックの中に沈んで、これまでに望遠鏡で眺めたことのない憂うつな風景が啓一の望遠鏡に投影された。

 しかし、一方、明るい部分では、松の刈り込みが引き締まり、モミジ、サルスベリ、キョウチクトウなどの木々の緑が雨にぬれ、玄関わきには純白のアジサイが清楚に咲き乱れている。アパート住まいの啓一には、目のくらむような住まいが目に入った。

 同じように、庭園の広い緑におおわれた一軒立ちの住宅が雲の切れ間の太陽に水滴をきらきらと輝かせて、死人の館とは対照的に明暗をはっきりさせていた。

 望遠鏡が二度目に純白のアジサイをとらえた時に、啓一はおやと思って、ピントを合わせ直した。
 白地に黒と茶の子ネコが、親を捜しているのか、四つの足で不安定に立ち、頭だけをゆったりと左右に動かしながら、一定のリズムで目を大きくあけてないていた。一歩も動かず前からの姿勢で、今にも倒れそうな姿態が自活能力のないことを物語っていた。

 親ネコが子ネコの泣き叫ぶ声を聞きつければ、とんで来て保護をするのであるが、かなり遠方から捨てに来たのであろう。五分十分となき続けていた。
 と、アジサイの向う側の表戸があいて、一人の老紳士が着物姿で現われた。髪は白髪であったが背筋がピントはって、見るからに立派なこの家の主人である。きょろきょろと何やら捜し物をしているようすから捨てネコの声を聞きつけて表へ出て来たようである。

 純白のアジサイのかげに、捨てネコを発見してその方に近づいた。その時の顔の表情は残念ながら啓一には観察できなかった。うつむきかげんであったのと、太陽の光が一瞬暗くなったので。
 白髪の紳士は、捨てネコの首ったまをぎゅっとつかむと門から道路に出た。そして、右手の、啓一からは向かって左手になる隣家の鉄さくの門の中に子ネコを投げ込んだ。子ネコはギャッとないて、あごから地面に墜落し、頭から二、三回転して止まった。

 それでも、またもとの姿勢に不安定に立つと、親を求めてなきはじめた。望遠鏡の中にゆっくりと左右に動かす頭と顔いっぱいに広げる口の動きだけが生きていた。

 やがて、鉄さくの向う側の玄関が開いて買い物かごを提げた主婦が姿を見せた。慣れた手つきで、ネコの首ったまをひょいとつまむと、門を出て純白のアジサイの根っこに子ネコを置いた。このあたりでは、捨てネコや捨て犬が多く、住人たちはその処置に慣れているのであろうか。彼らの行動にはなんらちゅうちょするところなく捨てネコに対処していた。

 しかし、だれの行為も、問題の解決にはほど遠い。捨てネコはやっかいな重荷を背負って、門口から門口へと投げ渡されていく。

 望遠鏡をのぞいていた啓一は自問した。この捨てネコ問題の具体的な解決とはいったい何か。自分の目の届かない、鳴き声の聞こえない場所にネコを移動させることであるのか。ネコの好きなようにさせて平和共存路線でいくのか。それともむだな生き物として抹殺してしまうことなのか。

 ネコがはじめて、一歩動いたので、啓一の考えは中断した。ネコはアジサイの根っこを離れ、門から道路へと歩を進めた。

 男の子が一人駆け寄って、ネコを抱きあげた。
 しかし、男の子は急に今来た方向を振り向いた。男の子の後方に母親が神経質な目をつり上げて、ヒステリックに叫んでいる声がレンズを通して聞こえた。
 男の子は抱いていた子ネコを放り出して、駆け出して行った。瞬間、啓一はネコを見失った。道路から門、アジサイの根っこ、鉄さくの中、しかし、子ネコの姿はどこにも発見することができなかった。

 ただ、門前を流れる泥水の中で、何かが動いたようであった。                                                          

        自選一句

         木枯らしや娘(こ)が母となる午前二時   掌

       

       
       

      



     

     

  

   

2017年10月8日日曜日

3  たった一人の女客


 ボラ、チヌ、イサキ、ハマチ、アジなどが釣れはじめると、この僻南の寒村も釣り人たちでにぎわい始める。特に土曜日の午後は泊まり込みの客で満員である。

それを当て込んでか、この地に、ちょっとデラックスな金持ちの退屈しのぎの片棒をかつぐような海辺のホテルが建った。
 透き通る紺碧の海原に続く、餅膚の砂浜、濃い縁の松林、その中にピンク色の屋根をのぞかせて海辺のホテル桃源郷が、こじんまりとすわっている。
 従業員も少なく、支配人が一人、女中が二人で、その都度、村の女をアルバイトに雇って経営している。支配人といっても、電話の番、風呂の掃除、帳簿の整理まで、一人何役も受け持っており、女中もご飯炊き、中洗いと女の仕事を一手に引き受けている。

 それで、土曜日のように、二、三十人もの宿泊客があると、海の女が、三、四人応援に来ることになる。健康で別に取り立てて愛想を振りまくでもない海の女は、釣客たちにはなかなかの評判であった。

 きょうの土曜日は、台風情報の影響か、釣客はなく、ホテル桃源郷の従業員が、戸締まりやら、なにやらと台風に備えて忙しく動いていた。
 佐多岬より東に進路を取れば台風の直撃を受けるし、西に向かえば大丈夫、夜中の満潮時にぶつかれば大変なことになるぞと村は緊張していた。

 今夜の予約客は全部だめだろう。浜風が強くなり、松林越しに見える砂浜に波頭のうねりが押し寄せていた。波頭の響きに交差して、乗用車の音が支配人の耳に入った。

 「だれだろう。こんな日に、もの好きな人もいるものだ」
 支配人は腰をあげると、スリッパをそろえ、外灯をつけた。しばらくして、玄関わきの広場に車が止まり、四十年配の男が高級な釣具を肩に入ってきて、支配人に告げた。
 「若紫のお部屋です。こんな空模様になったものですから、もう、お見えにならないかと思っていました。お一人でございますか」
 男は黙って、支配人の後ろについて歩いた。男を部屋に案内すると、支配人は風呂の準備に取りかかった。

 客足がつくと何人かあるもので、タクシーが女の客を送り届けた。男の釣客に混じって、家族連れや、小グループの女の客はたまにあったが、たった一人で桃源郷に来た女の客は初めてであった。

 支配人は女の客を、夕顔の間に案内した。続いて、もう一人の四十年配の男の客を浮舟の間に、結局、今日の泊まり客は、若紫の男と夕顔の女と浮舟の男の三人となった。

 若紫の男は、風呂上がりにビールを、夕顔の女は食後のフルーツを、浮舟の男は清酒をあけた。支配人は頭をかしげた。男の釣客は理解できても、夕顔の女についてはどうも納得することができなかった。別に用事があるふうではなし、無理をしてこんな天候状態の日に来る必要はなかろう。

 美しいという表現では、どうもぴったりとこないが、見るからにすばらしい女である。俗に、ふるいつきたいようなという表現があるが、本当にそうせずにはいられないような衝動を起こさせる清潔な女である。

 三十歳前後、純白のレースにパールの首かざり、ショートカットのヘア、引き締まった崩れをしらない肉体がかすかにまるみを想像させる。人をそらさない瞳、やわらかな豊かな音声、一体夕顔の女はなにものであるか。

 風が松林をゆさぶり、怒涛が、台風の接近を知らせる。満潮に近づくに従って、海辺のホテル桃源郷は不安と緊張を高めていく。
 三人の泊まり客は、静かに部屋に閉じこもったきり出てこなかった。若紫の男も浮舟の男も四十年配、普通の釣客とは少し様子が違う。贅沢な釣具と言い、車の趣味と言い、洋服の着こなしと言い、社会的にもかなりの身分のように思われた。
 あらしの前の三人の泊まり客は、まったくの偶然であろうか、偶然にしては神様もいきな取り計らいをするものである。
 それとも、夕顔と若紫あるいは浮舟とのどちらかと、ある線で結ばれているのであろうか。まさか、三角関係。それとも、まったく関係がないのであろうか。

 支配人はあらしの前の緊張に興奮し、なかなか寝付かれなかった。それでも、午前三時を時計が回って、錯綜した頭の疲れでとろりとした。
 あまりの静けさに支配人が目を覚ましたときは、まさに夜が明けんと、ほの暗い空気が動きはじめたときであった。 台風はそれた。

 夕顔の女は、あらしの去った青い波頭に向かって深呼吸をした。純白のレースがぬれた濃い緑にひときわ映えてすがすがしい。

  若紫の男も浮舟の男も釣に出かけ、夕顔の女は一人車の人となった。

  満足気なほほえみを残して。


  自選一句

   世間の毒浴びて艶めく彼岸花   掌

   
        

2017年10月7日土曜日

 2  望 遠 鏡


 彼、一九三一年(昭和六年)一月一日生まれ。当年四十歳。東京の大学、教育心理学部を卒業して、地方大学の講師をしている。

 学生時代は行動的で雄弁家で人付き合いも大変評判のいい青年であったが、あまり学問をしたせいか、無口になり、行動力がなくなり、人間嫌いになってしまった。
 かといって、人生がつまらないものだとはちっとも思っていない。寸暇を惜しんでは、読書をし、読書に疲れては瞑想に耽る。

 自己内省による心の変化や移リゆく肉体的変化を、また、妻や子の性格や意識や行動、それに身体的変化、その他、人間や動物の生活のようすを観察するだけで、結構満足し、楽しい日々を送っている。

 自己内省や身近な人間の観察にあきると、全く知らない世界を観察して見たくなる。それも極自然に、相手に気取られず相手のありのままの姿が見たいのである。

 日曜日も正午前になると、読書に疲れ一息入れるために、望遠鏡をもって屋上のベランダに出る。そして、町の風景を眺めるのが一つの楽しみになっていた。

 今日は特別に陽射しが肌に気持ち良い。白い雪の塊が町の立体感に陰影を添えて湯の町の異国情緒をそそる。
 鶴見山の方角は、雪一つ無く晴れているが、東の海上にはかなりの雲が広がって、こちらに向かって緩やかに進行している。
 海から山に向かって雲が移動するときは、きっと午後から雨になるようである。
この町での四十年間の生活から得た知識である。

 まず、ベランダに出ると、東側の手すりにもたれて、海の様子、特に波の動きを観察する。波は見るたびにその表情を変える。色と動きがその日の天候状態をよく表出している。 今日の海は少し黒く、白波が小さく海面を走って、空模様が悪くなる前兆であった。

 国道十号線を電車が走っているが、乗客はまばらで二、三人が立って窓際より山の手の方を眺めている。最高級の望遠鏡なので、距離は相当離れていても、顔の表情までよく観察することができる。

 白波がたつ海をバックに建物が無造作にばらまかれ、道路が黒いテープのように直線にあるいは曲線に交差しあっていた。
 ホテルHがひときわ大きくそびえ、動くものは波と雲と、そして、車と人のみ。
さすがは駅前通りで、車と人の動きが目立つ。駅の裏側、西口に近年新しい道が一本開通した。
 オレンジ色に赤い線の入ったディーゼルカーが、北から南へと走っていくのが目に入る。その手前を列車と並行に並んで、かなりのスピードで、グリーン色の大型の単車が走っている。
 白いヘルメットに革のジャンパー、若さが弾んで走っていたが、交差点五メートルほど手前で急停車すると、後ろを振り返り、手をあげた。だれか知人でも発見したのであろう。 停車している単車の前方交差点角を一人の幼児が走っていった。後ろを振り返り、走っては止まり、また、後ろを振り返っていた。
「あぶないな」という予感がしたが、ヘルメットの若者はまだ後ろを振り返って眺めていた。
 幼児は、隠れるつもりか、交差点直前で急に走リだし、角を曲がった。案の定、幼児は止まっている単車にぶつかリ転んだ。
 ヘルメットの若者は、泣き声にびっくりして単車から飛び降りた。単車は路面に倒れた。若者は幼児を抱き起こした。額のあたりを負傷し、出血した血は、泣きじゃくる幼児の手につき、顔面に広がった。

 交差点を曲がった一人の女、幼児の母であろう。仰天して、手に持っていた荷物を放り出すと、子供のそばに駆け寄った。若者から子供を取り上げると、ふるえながら、ハンカチで顔の血をふいた。三人、四人とやじ馬が集まって、事件は意外な方向に発展しそうな雲行きである。

 若者は白いヘルメットをとり、単車を立て、母に、そして、やじ馬連中に向かって、何やら説明を始めたようである。確かに、若者は止まっていた。
 しかし、目撃者がいない場合は、現場の状況から、若者は完全に不利になるだろうことは予想された。やじ馬は、十五、六人に増え、パトカーがやって来た。係の警官が事故なれした態度でノートにメモを始めた。

 彼は音声の故障したテレビドラマを見るような気持ちで、自分流に解説をつけながら、この心理劇に望遠鏡の焦点をあわせていた。
 「制限速度オーバー、前方不注意、事故が軽くてよかった」
 「ち、ち、ちがいます。とっとっ・ ・」

 幼児も母親も時間の経過とともに落ち着きを取戻し、ことのなりゆきを他人ごとのように眺めていた。
 若者だけがひどく興奮して、青い顔を緊張させ、鼻をピクピク、何かいおうと口を開けるのだが、また、鼻をピクピク痙撃させると黙ってしまう。



 いつのまにか、上空には雲が広がり、望遠鏡の画面に粉雪が映ったが、彼はまだ望遠鏡を覗いていた。


  自選一句

   砂山に少年の日あり濱豌豆      掌

   

           
   

   

2017年10月4日水曜日

1    へ  ど

初秋の風に誘われて、別府の郊外を歩いていた時のことである。

白髪の白衣を身につけた一見医師風の老人が、松林の中から姿を現し、私に声をかけた。
「散歩ですかな、人の通らない生まれたばかりの風景の中を歩くのは好い気もちですな」
「ええ、少し胃腸を悪くしたもんですから、こうやってぶらぶらしているんです」
「朝のぶらぶらが、病気には一番いいクスリです。特に胃腸病には」
「お医者さんですか」

いつか私は老人と肩を並べて歩いていた。一望に別府湾が朝の光に踊り、緑の中から湯煙が天にいく筋も吸いこまれていた。

医師はぽつりと話し始めた。
「大病院に勤めていたんだがいろいろありましたし、健康も害して、今は開業医として役にもたたない研究をしながら、ここに住んでいるんです」      
個人的な事情は何も間かないことにした。人間の世界に起こる事件にそれほど突飛なものもあるまいから。

「研究といいますと」
「気のむくままですな。昨年の暮れ、奇妙な虫を発見しまして、現在はその虫とにらめっこです」
「奇妙な虫といいますと」
「目も鼻も耳もない。ただあるのはからだと消化器官と生殖器官だけなんだ」
「ほう」

私はどんな虫を想像してよいのか見当がつかなかった。この老医師にもまだ虫についての詳しいことはわかっていないのだということは感じ取れた。

「奇妙な虫に名前をつけましたよ。ヘドと」虫の名前から瞬間、私は想像した。
「おう吐」その虫を見るときっとおう吐を起こすのか、その虫自身が胃腸病患者のようにおう吐を催すのか、それとも「ヘドニズム」(快楽主義)に徹したエロ的な虫であろうか。また、ベトカビ科菌のように植物に寄生し植物全体を枯らしてしまうような虫であろうか。まあいい、どちらにしても面白い皮肉のきいた名前をつけたものだ。

ヘドと名前をつけられた虫にも興味を覚えたが、ヘドと名前をつけた老医師にもよリ親しみを感じた。

「生命力のある虫でね。動物の肉、野菜、果物、人間が食するものなら何でも食べる。いよいよ食べ物がなくなると自分たちの排泄物を食べて生きて行く」

まさにおう吐というなにふさわしい虫だ。

「ところが面白いことがあるんだ。食べ物の有無にかかわらずある「ヘド」と、ある「ヘド」とが食合いを始めるんだ。すると周囲に居るヘドたちが輪をつくって勝負のつ
くまで見ている。勝ったヘドが相手のヘドを食い終わるとそのヘドが、その集団の中のボス的存在になってしまう」

老医師の話をきいているうちに私はふっと、かつてヘドを見たような気がした。話を続ける老医師の顔は正義感に満ちた青年のような顔でもあり、老熟しきった仏様のような顔にも見えた。

松林を通り抜けた所に、庭園らしい広場があり、咲き残りの松葉ボタンが土にまみれて腐れかけていた。

私は老医師に尋ねた。
「そんなことが度々起こりますか」
「そうだな、周期というようなものはないが、三、四か月に一度くらいかな」
「それからどうなります」
「どうにもならんよ。何もなかったように前と同じ生活を繰り返すだけだ」
「繁殖はどうです」
「増え過ぎることはない。食合いをしなくても、適当にヘドは死んで行く。その死に方が不思議なんだ。昨日まで盛んに食べていたかと思うと、今日はまったく食べなくなり、おう吐し、下痢をし、体が消滅してしまう。まるで自殺行為だ」
「原因は」
「皆目わからん」

 私は確かにヘドにあったことがある。
 しかし、はっきりとは思い出せない。

「ヘドの食合いや自然消滅が何から起こるものなのか。ヘドの生理なのか。ヘドの本能なのか。ヘドの社会なのか教育なのか、わからん。その辺の解明のために、今、暇をつぶしていますよ」

庭園の向うに一軒の家が人間とは関係がないといった風に建っているのが見えた。よく通る場所だが、この家を見たのは今日が初めてのようであった。家を指差して老医師は言った。

「よって、ヘドを観察してみませんか」

私は老医師の誘いを丁重に断って別れのあいさつをし、右に曲がった。
確かに会った。ヘドを観察に行くまでもない。ヘドは自分の中にも、自分の周リにも、無数に存在している。からだと大きな口と、消化器と、生殖器のヘド。突然仲間同士で食合いを始めるヘド。
ボスヘドはどんな姿、形をしているのか、ちょっと観察してみたいような気もしたが、また、チャンスがあれば行くことにして我が家へ帰った。

          自選一句  
   
    手も足となり起き上がる夏の朝  掌